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人はARM版Windowsでどこまで生きられるのかという実験 - Microsoft Surface Pro X

Date.
2020-07-21
Category.

MacもARMになりましたが、Windowsも実はARMになる動きがあります。Microsoft Surface Pro Xは、Microsoft自身がリリースしているARM版Windows (Windows on ARM)のハードウェアです。試用する機会をいただいたので、どっぷりディープな部分をいじる身としてレビューしていきたいと思います。

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Windows 10はARMプロセッサがしっかりInsider Preview Devチャンネルでもサポートされており、まずそこへ更新しました。そして、Windows TerminalからWSL2でのDebianを動かせるようにしました。なお、最初から導入されているWindowsバージョンは1903です。わりと古くからARMサポートがあったということがわかりますね。

Debian側はARM64版がネイティブに稼働するわけなので、ぼくが普段必要とするnginxやphp-fpmといった開発サーバーとしての機能はもちろん正しく稼働します。WSL2は本当に素晴らしいイノベーションだと思っていて、これがVMwareなどだったらうまく稼働しなかったはずなので、おそらくぼくがこのマシンをまともに使うことはできなかったことでしょう。

ぼくはすべてのファイルをMicrosoft OneDriveに預けている身なので、ふだん使うファイルに関しては自動的にクラウド経由でオンデマンド同期され、何も心配がありません。Microsoft 365 (Office)もきちんとあります。このあたり、WaaS (Windows as a Service)の概念をきちんと体現していると感じました。

サードパーティのアプリでは、まず最初にGoogle ChromeがARM版をリリースしていないという罠にはまりました。

Microsoft SQ1という本機のARMプロセッサはMicrosoft自身のカスタムSoC (Qualcomm製造でSnapdragon 8cxのカスタムSoC)で、WindowsのWoW (Windows on Windows)機能によってWin32 (x86)のアプリを動作させることもできます。x64 (AMD64)のアプリは動きません。つまり、ふだん使うアプリはARM版かWin32版かを選択することになります。Microsoft Storeから導入すればほぼ自動的にARM版が降ってくるので、まずはストアを検索するのが良いっぽいです。

ひとまずWin32版のChromeをインストールし、ふだんのブラウズに支障がないようにしました。これは、Chromeのダウンロードページにジャンプすれば自動で降ってきます。

ちなみに、ChromiumであればARM64版があります。以下のWebサイトからダウンロードできます。

確認した段階では、ARM64版にはGoogleとの同期機能をオミットされたものしかありませんでした。他のアーキテクチャには同期機能のあるChromiumビルドも存在するのですが、ARM64では対応できない何らかの事情があるのかもしれません。

AtomやWinSCPなどの必須アプリも案外ちゃんと動くので、セットアップ開始後1時間もしないうちに普段使っている環境がほぼ帰ってきました。ああそう、ATOKがちゃんと動いたのは大きなアドバンテージでした。これで普段の単語登録の同期や辞書引き機能などが使えて、環境設定もインターネット経由で降ってくるので、いつもの入力環境が一瞬で構築できます。

面白かったのは、Visual Basic 6 (VB6)で組まれたアプリが動作するというところでした。筆者がまだ学生時代の1998年に書いた『FIVACtrl』という当時のUMPC的存在であったカシオ CASSIOPEIA FIVA向けのアプリがあるのですが、これの機種依存部分を取り除いた『Battery Monitor』というアプリが正常に稼働したのです。

確かにこのツールは、PCのファームウェアとの通信にWindows SDKの標準インタフェース WMI (Windows Management Interface)を使い、細心の注意を払って実装したものです。それが、このように(PCのアーキテクチャ自体が変わったとしても)未だファームウェアの情報を正しく取得することができているという、20年越しの驚きがありました。

Adobe Photoshopに関しては、CC 2018の32ビット版がCreative Cloud Desktopアプリからダウンロードできました。CC 2019は64ビットへ移行したので、つまりARM64版が提供されていないということになります。

どうにもならなかったのは、Adobe Lightroom CCでした。これは32ビット版が存在せず、AdobeがまだARM版をリリースしていないので、どうしようもありませんでした。ただ、Creative Cloud側でWebアプリ版のLightroomを用意してくれているので、簡単な作業はそちらでもできないことはないです。

意外だったのは、Surfaceシリーズとべったりに見える、Adobe Frescoが動かないということでした。これもまだARM版が存在しないので、つまりはせっかく最新のSurface Penが使えるはずのSurface Pro Xでは、32bitで動作する『CLIP STUDIO PAINT』を除くと(※これも2020年秋には非サポートとなります)まともに絵を描ける環境が存在しないということになります。

SQ1は最大3GHzの8コア8スレッドとプロセッサとしての性能も高く、これらのARM版がリリースされていれば何の遜色もなく動くと思うので、ちょっと残念な点でした。絵を描くという点に関してはAutodeskの『Sketchbook』なども動かないので、かなり不自由です。

で、例えばMacTypeが動かないとか、ちょいちょいオープンソースのアプリでも動かないものがあります。そういうときのために、Visual Studio 2019 CommunityとWindows SDKを入れました。これはARM版が用意されているので、ネイティブに動作します。この〝統合開発環境が動作する〟ということによって、GitHubなどからソースを引っ張ってきてARM64用にコンパイルするという荒技が使えるようになりました。iPadやAndroidタブレットでは、さすがにアプリの自力コンパイルまではできません。非常にべんり。

なお、Microsoft自身も開発者需要をたいへん気にしているようで、Java開発のためにWindows on ARM用の『OpenJDK』をオープンソースで公開しています。

これで一般的なJava開発は可能となりました。Visual Studio Codeなどを使うとIDEで開発できて便利です。ただ、同じJava開発(※正確にはJavaではありませんが、一般的な概念としてJavaと言っています)でもAndroid Studio (やIntelliJ)はARM64版がないので、Android開発に対応することが現状ではできませんでした。

そろそろハードウェアにも目を向けていきましょう。

PixelSenseの完成形といってもよい3:2の超狭額縁なディスプレイは、13インチ 2880x1920pxと大型ながらもその額縁の細さによって、一般的なB5ファイルクラスのモバイルノートPCよりも天面の面積は小さく(※11.6インチのVAIO Pro 11と同じくらいの横幅です)、774gとそれなりに軽いので携帯性にも優れています。厚みもiPad Proと同等程度なので、これで「フル機能のPCです」と言われると驚きがありますね。

キーボードは、ぼくは上位版となるAlcantaraモデル(Signature Keyboard)の英字配列版を使っているのですが、これは価格以外は特に文句ないです。キーの大きさや配列は非常に素直で、Microsoftが必要だと定義するキーのほぼすべてがここに実装されています。Applicationキーがあるのが本当に便利なので、これを省略している他のPCメーカーには見習ってほしい。

ペンがキーボードに内蔵できるようになっているのも便利な点で、これによってペンの電池交換が必要なくなり、収納しておけば充電されるようになりました。平べったいペンですが、これが案外持ちやすいので、人間工学的に努力したのだと思います。なお、ペンは本体右側面にも磁力でひっつくようになっており、これが筆休めに案外活躍します。非常によくペンを使う職業のことを研究しているのだなと思います。

Wi-Fi 5やBluetooth 5.0なことは当たり前の話なので置いておいて、このハードウェアにはLTE-Advanced Pro対応のWWANカードとnanoSIMスロットが、どのSKUを選んでも標準で内蔵されています。そして、eSIM内蔵のデュアルSIMモデルでもあります。つまり、SIMカードを挿してもいいし、eSIMのプロファイルを買ってもいいし、有効なSIMを用意してあげれば即常時接続のAlways Connected PCになるわけです。PCにSIMが挿さると本当に便利なので、これを標準化していってほしい。

WindowsのWWAN機能は、Wi-Fi接続環境下でも常時コネクションを張っていて、Wi-Fiの電波が弱くなったり通信状況が悪いと、ここぞとばかりに一瞬でLTE接続に切り替えます。これをOFFにすることもできますし、WWAN側を従量接続に設定することもできますが、ぼくとしてはONのまま無制限で使うのがよいと思っています。LTE接続し続けるためのバッテリー消費もわずかですし、今どきのPCはインターネットにつながっていなければただの板きれです。

アクセサリポートは、USB-Cが2つにSurfaceコネクタが1。今どきのモダンPCでは標準的ですが、Surfaceコネクタはもう要らない気もする。USB-CはUSB 3.2 Gen2規格で、45W USB-C PD対応です。Thunderboltには対応していないので、ご注意ください。

サードパーティのアクセサリとして、『Wraplus』というスキンシールを買いました。これは背面を保護するためのフィルムでして、素材には3Mのダイノックフィルムを使っていて高品質です。全31色ある中から、シンプルに『ブラック』を選びました。

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貼付前はこんな感じで、金属を染め抜いた感ありありな外観です。皮脂による指紋も付きやすく、仕上げとしてはよいのですが実用面ではマイナスポイントですね。

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そして、貼付後がこんな感じに仕上がり、ざらざらとした質感になります。指紋も付きにくくなって、ぱっと見は同じ黒なのでそれほど変化もありません。Surfaceロゴの部分は切り抜かれており、切り抜いた部分を貼って同じ質感にすることも、何も貼らずに元の光沢仕上げの地を出しておくこともできます。

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それだけでは芸がないので、同じ3M ダイノックフィルムからカーボンを選んで、同じサイズに切り抜いてロゴの部分へ貼り込みました。ちょっとしたワンポイントになりますね。

液晶保護フィルムに上質紙タイプのペーパーライクフィルムを選択したので、全体的にマットな仕上がりになっています。

本機の中核はSnapdragonのカスタムSoCということでNPU内蔵のAI EnabledなSoCでもあるのですが、これを活かしたWindowsのアップデートとして『Eye Contact』という新機能がWindows 10 Insiders Preview Build 20175で実装されました。

Eye Contactは、Webカメラを介したビデオ会議などの際は画面内の通話ウィンドウを見つめるわけですが、この際の視線をあたかもカメラに向いているように補正してくれる機能です。SQ1のNPUでないと利用できないということで、現在はSurface Pro Xでしか利用できません。

このように、ARMというアーキテクチャの強みを活かした新しい試みをWindowsに実装するなど、MicrosoftとしてはかなりWindows on ARMに注力しているように見えます。Eye ContactをIntelプロセッサで実装すると約50倍の電力消費となって現実的ではないということで、現在はSurface Pro Xくらいしか完成された製品として存在しないARMデバイスにも新機能を開発して追加するのは、以前のMicrosoftの姿勢では考えられなかったことです。

Microsoftは、以前にSurface RTというARM端末でWindowsのサブセットを提供することに大きく失敗しています。この端末はWindowsでありながらもできることの制約が多く、お世辞にも使いやすい端末ではありませんでした。この失敗を糧に、入念な準備をしてWindows on ARMを提供しているように思えます。

長年PCを使っていると、LSI C-86で初めてのDOSアプリを書いたとき、DOSからWindows 3.0Aを初めて起動したとき、Visual Basicで初めてのGUIアプリを作ったとき、Windows 2000で安定性が飛躍的に向上したとき、そしてPCのアーキテクチャが変わったとき(※PowerPCからIntelへのスイッチを計ったMacのことを言っています)、これで将来が変わるのだぞとワクワクさせられました。少なくともぼくは、このSurface Pro Xも同じ境界線に立っている感覚で、ワクワクしながら触っています。

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